◆ 夏祭り ◆
※レンルートED後
「――ねぇカナデ、別に殴らなくてもよかったんじゃない?」
「や、だって腹立つだろ! あいつ、オレの顔見ればからかわないと気が済まないんだよ。それにレンまで巻き込みやがって……」
「僕は別にいやじゃないけどなぁ? だって言い得て妙じゃない?」
「もー何気に入ってんだよ、怒れよ!」
オレとレンは今、地元の夏祭りに来ているわけだけど、さっき偶然出会ったリョウに言われたんだ。
甚平着てるオレと、浴衣着てるレンを見て、『なんか、人間になった子タヌキとキツネみたいだな』……って。
オレが子タヌキで、レンがキツネらしい。ていうかなんでオレだけ子供なんだよ?!
それで思わずヤツを殴ったんだけど、でも、怒ってるのはオレ1人みたいで、レンは気にしてない様子だ。それどころか、ちょっとうれしそうだし。
「だって、かわいいじゃない?」
「かわいくっ……まぁ、レンはかわいいけどさ!」
浴衣姿で笑うレンは、確かにかわいい。それはそうなんだけど!
「月島君もカナデのことそう思って言ったんだと思うよー?」
「はー? んなのうれしくねーし」
「それなのにあんな殴られちゃって、可哀想に」
「自業自得だ」
「カナデ、もう殴るの禁止ね」
「えー?! そんなのまたレンがナンパされたりしたらどうすんだよ! さっきだってちょっと目をした隙に変な男に声かけられてるしさぁ」
「だからって殴らなくても他に方法あるでしょ? カナデの手が傷つくのが嫌だから言ってるんだよ?」
「ううっ……」
そんな言い方されると、言い返せなくなるの知ってるくせに。
「……じゃあ、握っててくれよ。オレの手が出ないように」
「え、いいの?」
手を差し出すと、レンが驚いたようにパチリと瞬きをした。
「さっきはぐれそうだから手繋ごうって言った時は怒ってたのに」
「そっそれはレンが子供扱いするからだろ?!」
「え-、そんなつもりはなかったんだけどなぁ」
いやいや、そんなつもり満載だろ! だからその時は思わず拒否ってしまったんだよ。
「けどまぁ、そういう理由なら……いい」
それに、今はその理由以外でもそうした方がいいかもって思うし……これは自分の問題なんだけど。
でも、なんか今更って感じでちょっと歯切れ悪い言い方になってしまった。
あー、感じ悪いかもなぁ。
不安になってレンを見るけど、レンはにこりと笑ってくれた。
「ん、わかった」
「っ……」
レンの左手がオレの右手を包んだ。
不思議だ。
周りはこんなに暑いのに、繋いだ手から伝わってくる体温はぜんぜんいやじゃない。
レンの熱だから、だろうな。
「かわいいねぇ。弟さん? おまけするから買ってかないか?」
手を繋いだまま屋台を見てると、たこ焼きの屋台のおじさんに声をかけられた。
って、弟?!
「なんでだよ!! たこ焼きは買うけど!」
「おっ毎度ありー」
そんなにか……そんなにレンと並ぶと子供に見えるか……!
「ふふ、兄弟だって」
オレはショックなのに、レンはなんか楽しそうだ。なんでだよ……。
「こうすりゃ恋人っぽくみえるかと思ったのに、ぜんぜんじゃん……」
思わず独り言のつもりでつぶやいた言葉が、レンにばっちり聞かれてしまった。
「カナデ、そんなこと思ってたんだ?」
「えっ、あ?……だってレンがめっちゃナンパされるからだろっ」
相手いるぞーって主張してたらみんな諦めるかと思ったんだよ。弟に見えるようじゃぜんぜん効果なしだけどな……何でだ?
「繋ぎ方か? もっと指絡めたほうがいいとか……??」
もぞもぞと手の繋ぎ方を変えていると、レンが笑った。
「手、よりさ……もっと僕を見てよ」
「え?」
ドンッ―――突然低い音が響いて、遠くの空に花火が見えた。
「あ、はじまっ――」
「だめ」
「!」
繋いだ手がぐんっと引き寄せられて、唇が重なった。
それは目を閉じる間も無くあっという間で、レンの目がくっつきそうなほど近づいたのを見た瞬間には、もう離れていたけど。
「レン……」
心臓が苦しいくらいにうるさい。
花火の振動に混じってなんだかよく分からなくなってくるけど、でもこれは確かに自分の鼓動だ。
「恋人っぽくしたいならそう言ってくれたらよかったのに」
「え? ごめんよく聞こえない――」
レンの声が聞こえないのがもどかしい。
でも、レンは言い直すことはなく、ただにこりと笑って、親指でオレの唇に触れた。それで意図を知る。
みんな花火に夢中だから、きっと誰も気づいてないよな。そう思うことにしよう。
キラキラ光る花火の光を目に焼き付けて、オレはもう1度瞼を閉じた。
***おわり***