◆ 体操服を借りるということ ◆
※タツキルートED後
「あーっタツキ! いいとこにいた!」
「えっ?」
ドスッ、と後ろから突撃されて振り返ると、見慣れた位置にカナデ先輩の頭があった。
「どうしたんですか?」
「今から体育なんだけど長袖のジャージ忘れてきてさぁ、今日すげー寒くないか?」
「あー、寒いですよね、今日は」
たしかに、体操服のカナデ先輩は、下は長ズボンのジャージだけど上は半袖だ。見てるだけで寒そうだ。
「だから! これ貸してくれ!」
そう言って、先輩は俺のジャージの裾をくいっと引っ張った。
「え、でも、俺今体育終わったとこで汗かいてるかも」
「大丈夫! 体育で何やったんだ?」
「体育館で卓球でしたけど……」
「なら大丈夫だ!」
「えええっ」
その根拠はなんだろう???
ていうか絶対汗臭いと思うから気がひけるんだよな……。
ためらってると、先輩が言った。
「大丈夫だって、オレ、タツキのにおい好きだし」
「ちょっ……!」
なに言い出すんだこの人はっ……!
慌てて辺りを見回すけど、みんな先に教室に戻っていったようで聞いてる人はいないようだった。思わずほっと息をついた。
いや、嬉しいんだけど……自分の顔がすごいみっともないことになってる自覚あるからな……。
「頼むよー、風邪引くだろ」
「っ……そうですよね」
もう先輩がいいと言うならいいか。
俺はジャージを脱いで、先輩の肩にふわりと掛けた。
それに袖を通しながら、先輩が笑った。
「分かってたけど、やっぱデカイなー」
「そ、そうですね……」
あっけらかんと笑いながら、カナデ先輩は袖を何重にもくるくると折っている。
胴回りもだいぶ違うし、裾も太腿くらいまである。これ、下が短パンじゃなくて良かった…………って、なに考えてんだ、俺は!
「ありがとな、タツキ」
「っ、いえ!」
あー、なんか、まずい。予想以上の破壊力だ。
自分の服を着てるカナデ先輩とか……。
ぼんやりしてると、カナデ先輩が俺の腕を両手で掴んだ。
「?!」
「冷えてきたな、ごめんな。早く戻って着替えろよ?」
「あ、はい……!」
やっぱり、カナデ先輩は優しい。
変なことばかり考えてしまう自分が嫌になってくるな……。
次の日―――
「あっタツキ!」
靴箱で履き替えてると、カナデ先輩と出会った。
「おはようございます、カナデ先輩」
「おっす」
今日は日直だから早めにきたのに、先輩に会えるなんて、なんだか得した気分だ。
でも、どうしたんだろ? 壁にもたれてたから、誰か待っているみたいだ。
「早いですね?」
「タツキを待ってたんだよ。これ、ありがとな」
「あ、ジャージですか」
このためにわざわざ?
「朝一で返さねーとって思ってさ」
「そんな、いいのに。わざわざすみません」
「いやいや、こっちこそありがとなー。寝坊しないようにと思って目覚まし3つもかけてさ、なんとか起きられたわ」
「そ、そんなにがんばってくれたんですか?」
「だって1時間目から体育ならおまえ困るだろ?」
「すみません、今日は体育ないんです……」
「そーなのか! まぁ、それなら別にそれでいいや」
嫌な顔もせず、カナデ先輩はカラカラと笑った。
そんなのメールで聞いてくれたらよかったのに、とは言わないでおこう……そうしてたら今日、朝から会えたりしなかっただろうし。
「でも、うれしいです」
「ん?」
「カナデ先輩、そんなに俺のこと考えてくれてたんですね」
「……」
俺のために早起きしてくれたりとか、とてもうれしい。
そう思って思わず口に出してしまったものの、先輩が何か考えるように首を傾げるのを見て、慌ててしまった。
「あっ、すみません、調子に乗って――」
「あーいや、考えてみたらオレ、結構タツキのこと考えてるかもなーって」
「……え?!」
「タツキのジャージがさ、オレんちの乾燥機に入ってるのがなんか変な感じでさ、終わってないのに何回も見にいったりするし」
「え、」
「たたんでる時も、オレんちの洗剤の匂いだなー、なんて……って、あー、なんか気持ち悪いな?」
「っ……!」
「ど、どうしたタツキ?」
「いえ……」
ほんと、どうしよう……。今すぐ抱きしめたい。
出そうになる手を握りしめてぐっと我慢する。
「カナデ先輩は、ほんとに、声にならないくらいの喜びをくれますよね」
「えー、なんだよそれ。声にしろよ、そーいうのは!」
「っ……」
拗ねたように口を尖らせる先輩が可愛くて、また何も言えなくなってしまった。
声にしろと言われても、普通に学校だしな……。
俺は少し屈んで、カナデ先輩の耳元に口を近づけた。そして内緒話みたいに小さな声でささやいた。
「カナデ先輩、大好きです――」
「っ!」
真っ赤になったカナデ先輩が可愛すぎて、それだけで今日一日がんばれる気がした。
***おわり***