◆ クリスマスを君と ◆

※リョウルートED、アフターストーリー後

「へー、駅前にこんなクリスマスツリーなんかあったんだな」
「もしかしてカナデ、今まで知らなかったのか? 毎年あるだろ」
「だって駅前とか来る用事ないし」
 まじかー。まぁカナデは興味ないことにはとことん疎いからな。
 てことは、待てよ。もしかしてこういうツリーとかイルミネーションなんて全然興味ない、とか?
 ふと心配になるけど、5メートルほどある白いツリーを見上げるカナデの目はキラキラ輝いていて、オレはツリーよりもそっちに釘付けになってしまった。
 何だよその顔、可愛すぎだろ。オレには絶対見せないくせに。なんて、ちょっと憎らしくなってくる。
「カナデ、見えるか? おんぶしてやろっか?」
「見えるっつーのバーカ!」
「いてっ」
 足を蹴られた。乱暴だなー。
 まぁ、そんな反応でもあるだけマシか、って思ってるオレも大概浮かれてるな。

 ――クリスマスイブの今日、カナデとは一緒に過ごす約束をしていた。
 1ヶ月くらい前にその話をした時、恋人らしいイベントが苦手なカナデはやっぱり少し渋っていたけど、「ごちそう作るから」というオレの言葉になんとか折れてくれた。
 料理でつるとか、もう何度目だ? でも、手段なんて選んでられない。

「はー、さむ……」
 カナデが両手をすりあわせて吐息であたためている。手袋をつけてないその手は確かに寒そうだ。
「手、つなぐ?」
「ぜってーヤダ」
「え~、あっためてやるのに」
「そういうのいらねーから」
 イルミネーションを眺めながら、もうちょっとロマンチックな雰囲気になるかと思いきや、やっぱりカナデ相手だとそうはうまくいかないな。
 でも、そういうのも嫌じゃない。思わず笑ってしまった。


 ――結局、イルミネーションもそこそこにして家に帰ってきた。寒さ我慢して風邪ひいたりしたら大変だからな。
 掃除オッケー、料理もあとは仕上げだけだし、親の帰りは遅い。よし、全部カンペキだ。
「つーか、いちいち外で待ち合わせる必要あったのか?」
 玄関を上がりながら、カナデがそんなことをたずねてきた。
 やっぱりなー。男心をわかってないんだから。
「あるある。イルミネーションとか、クリスマスらしさ味わえていいだろ?」
「えー……」
「なんだよ、えーって」
 なんだか不満そうだ。寒いのがそんな嫌だったのか?
「浮かれたカップルばっかで、なんか恥ずかしかったんだけど」
 浮かれたカップル。
 まさかカナデの口からそんな言葉が出てくるとは。
「ははっ、たしかに。オレも相当浮かれてるけどな」
「っ……だから恥ずかしいんだよっ」
 カナデの頬が赤い。単純にさっきまで寒かったせいだろうか。
 指先で触れると、確かにひやりと冷たかった。あっためてやりたいけどオレの手も冷たい。
「なんだよ?」
 カナデが少し首を傾げて見上げてくる。
 ツリーを見上げてた顔、可愛かったなぁ……
「……キスしていい?」
「は!? ごはん! 食うんだろ!」
 ですよねー。
「はいはい、すぐ準備するから、テレビでも見て待ってて」
「っ……」
 あー、やっぱ浮かれてるわ。落ち着け、オレ。こんな早いタイミングで言うことじゃないだろ。
 クリスマスはまだまだこれからだ。


 テーブルにずらりと料理を並べてみる。我ながらなかなかいい出来だ。
 昨日から仕込んでおいたローストチキンを切り分けて、シチューを軽く温めて、あとは彩りにこだわったシーザーサラダ。デザートはケーキの代わりにいちごだけ。
 そしてテーブルの端には小さなツリーの置物もさりげなく置いてみたりして、クリスマスらしさを演出してみた。
「おお……」
 カナデから感嘆の声が上がった。よしよし。
 向かい合って座るが、カナデはいつもみたいにすぐ食べ始めることなく、じっと料理を眺めている。
「ん、嫌いなものでもあったか?」
「いや、それは大丈夫だけど……こんなに準備するの、大変だっただろ」
 割と手間が多いレシピを選んだけど、作るのを面倒だと思ったことはなかった。
 食べた時のカナデの反応を想像するとそれだけで楽しくなってくるんだよなー。
「楽しかったし、全然平気」
「……」
「早く食べようぜ」
 促すと、ようやくカナデは箸を持ち、「いただきます」と食べ始めた。
 どうしたんだ、いつもよりだいぶおとなしい。
 もっと喜んでくれるかと思ったのに、ちょっと拍子抜けだ。気合い入れすぎて空回りしたか? うわ、恥ずかしいな、それ……。
 でも、ダメだ。このままじゃせっかくの料理がまずくなる。
 オレは一旦箸を置いて、思い切って聞いてみた。
「カナデ、言いたいことあればはっきり言えよ」
「……」
 真正面からしっかり見つめると、カナデは少し驚いたように目を見開いたあと、急に頭を抱えた。
「あー、悪い、なんか、無意識だった……」
「えっなに? どした?」
「あ~……」
 なになに、気になる。でもオレのせいじゃなさそうだよな?
「ほら、1人で考えても解決しないだろ? それに、料理冷めるぞ」
「……」
 カナデは頭を抱えたまま、ぽつりと話し出した。
「……今日、ツリー見た時からなんかもやもやしてて、それがなんでかよく分かってなかったんだけど……」
「うん」
「おまえは、こういうクリスマス、今までの彼女にもしてきたんだなーって、無意識に考えてたせいだった……」
「ん、えーと、それはつまり……妬いてたってこと?」
 言うや否や、カナデは「うわぁ」とテーブルに突っ伏してしまった。
「……」
 えーマジかぁ……素直に認めるとか珍しすぎなんだけど。
 何だよそれ可愛いな。心配して損した。
 まぁでも……そんなこと思わせてしまうのは、オレのせいだよな。
「――カナデ」
 オレは用意していた紙袋を持ってきた。
 食事後に渡すプランだったんだけど、仕方ない。カナデ相手に計画通りに行かないことなんて日常茶飯事だ。
「あげる」
「え……クリスマスプレゼント、ってやつ?」
「そ」
「開けていいか?」
「もちろん」
 簡単なラッピングのリボンを外して、カナデは中身を取り出した。
「マフラーだ!」
「この色、カナデに似合うなーと思ってさ。使ってみてよ」
「確かに、今のやつだいぶ昔から使ってるからな……ありがとう」
 良かった、趣味は外してなかったみたいだ。両手でマフラーを抱え込むカナデが可愛い。
 こうして少しずつ、オレのあげたものを身につけてくれたらうれしいんだけど。
 それで本体も、オレの手料理で作られていけば最高だよな。
「あのさ、クリスマスにここまで気合い入れたの、カナデがはじめてだから」
 信じてもらえるか分からないけど、でも本当だ。
 女の子相手に手料理なんて絶対しないし、プレゼントも女の子なら悩まずに準備できるのに、カナデにあげるものだと思うとめちゃくちゃ悩んだし。
 その辺わかってほしいとか思いながら、でもあんまり言いふらすのもかっこ悪いよなーって感じで黙ってたけど、正直に言った方がよかった?
「……」
 カナデが不意に立ち上がった。
「カナデ?」
「――これ、やる」
 そう言ってカナデが手渡してきたのは、オレがあげたプレゼントと同じようにラッピングされた袋だった。これはまさか――
「……え、まじで?」
「っ、いらねーならいいけど!」
「いるいる、いります!」
 やばい、驚きすぎて誤解を招く反応をしてしまった。
「すげー、びっくりしたっつーか……いや、まさかカナデにもらえるとは思ってなかったから……うわ、やばい、すげぇうれしい」
 語彙力やばいな、オレ。だってこんなの予想外すぎだ。
 カナデがオレにクリスマスプレゼント用意してくれたとかさぁ……!
「や、おまえ、喜びすぎだろ」
 そう言うカナデに、オレはまた驚かされてしまった。
 カナデが、笑ってる。
 というか、こんな純粋な笑顔、はじめてじゃないか?
「――」
「え、なに? なんだよ?」
 思わず近づいてその頬に触れていた。
 もっと良く見たい、と思って近づいたはずがキスしそうになっててカナデに止められた。
「そっ、それより開けてみろよ、それ!」
 やばいな……今日オレこんなのばっかだな。落ち着け。
 促されてラッピングのリボンをほどくと……それはエプロンだった。
「おまえ、料理する時いつもつけてないなと思ってさ」
「あー、そういえばそうだな」
 母がエプロン付けない派だったからそれが普通になってた。でもカナデ、そんなことに気づいてくれてたんだ。
 いつも塩対応のカナデだけど、それなりに愛されてるって思ってもいいのか?
「着てみていいか?」
「今かよ」
 広げてみると、それは黒地に白ストライプのシックな雰囲気だった。うん、好きだな。
 後ろでヒモをくくって、ちょっと動いてみる。
「お、意外と動きやすい」
「そか」
 よかった、と頬を緩めるカナデに、思わずうれしくなる。ほんと、可愛い。
「これ、オレに似合うと思って選んでくれたんだ?」
「っ……別に! 適当に選んだだけだし」
「え~」
 たとえ冗談でもそんなはっきり言われるとちょっと悲しいんですけど。
 でも、一旦着るとすごく愛着沸いてくる。これで料理するの楽しみになってきた。
 次カナデに料理ごちそうできるのいつかな、なんてことを考えてると――
「……嘘。すげぇ悩んだ」
「え?」
 エプロンの端を掴んで、カナデが背伸びした。
「!」
 キス、された。
 それは一瞬だけだったけど、オレを驚かせるには充分だった。
「あーその、いろいろありがとな。今日の準備とか……」
 それだけで真っ赤になって、カナデが掠れた声で必死に伝えてくる。
「なんかすげぇはずかしいけど……メリークリスマス」
「っ……」
 ああもう本当、ずるいな……!
「――っておい、苦しい!」
「ごめん、うれしくて」
「んっ――」
 カナデからのキスとか、カナデからのプレゼントとか、はじめてづくしで贅沢すぎて、逆に不安になってきた。これは夢か?
「――っから、苦しいって!」
「いてっ」
 キスに夢中になりすぎて耳をひっぱられてしまった。
 うんよかった、夢じゃない。
「ありがとな。これ着てこれから一生カナデのために作ってやるよ」
「っ、一生?! 別にそういう意味じゃないからな?!」
 もうムリ、もう遅い。
 ここまで振り回してくれた責任、取ってもらわないとな。

***おわり***

クリスマスを君と