◆ 大晦日を君と ◆

※タツキルートED、アフターストーリー後

「カナデ先輩、掃除機持ってきました――って……」
「あっ、あぁ! ありがとな!」
「先輩……本の整頓は最後って言ったじゃないですか……」
 サッと背中に隠したつもりだったけど、タツキにはばっちりバレてしまった。漫画本を、持っていたことが……。
「あははー……あー、ゴメンナサイ」
 掃除を始める前からすでに予想されて注意されてたというのに、これだよ……でもさ、もう無意識の行動だよな、本を片付けようとして読みふけっちゃうのって。
「視界に入るとつい……こう、気になるんだよなぁ…!」
「まぁ、気持ちはわかりますけど」
「だろ?!」
 そう言うと、タツキは呆れながらも苦笑いを見せてくれた。タツキは今日も優しい……。

 ――そう、大晦日の今日。そんな優しいタツキはなんと、オレの部屋の大掃除を手伝ってくれていた。

 冬休みに入ってからずっとやらなきゃなーとは思ってたんだよ。
 だけどなかなかやる気になれなくて、気がつけば大晦日が迫っていて、とうとう親に怒られた。
 そんな話を昨日、タツキと電話で話していたら、「掃除、手伝いましょうか?」と言ってくれたのだ。
 タツキの家は、大掃除なんてもうとっくに終わったらしい。優秀すぎだろ。

 タツキは、床に横積みになってる本の山(漫画ばっかりだけど)を見て、何か考えている。
「だったら……視界に入らないように、とりあえず箱に入れてしまいましょう」
「お、おぉ……」
「ダンボールがないか、おばさんに聞いてきますね」
 そう言ってタツキはまた部屋を出て行った。
 ――頼りになるなぁ。
 タツキが手伝いに来てくれたらオレの掃除意欲も湧いてくるかと思ったけど、タツキばっかり働かせてる気がする……さっきも母さんに頼まれて高いところの電球の交換とかしてくれてたし。
 ってか母さんも、いくらよく遊びに来てるからって人使い荒すぎだよな。タツキの身長、重宝するのはわかるけど。

「――先輩、いい箱がありましたよ」
「おー、サンキュ」
「順番とか気にせず入れちゃいましょう」
「はーい」
 とりあえず漫画を全部段ボールに入れてしまうと、床が見えてそれだけで片付いた気がしてきた。
「先輩、まだ物どけただけですからね?」
「心を読んだな……」
「ははっ」
 なんかもうすっかりお見通しだな。
「いらないものは捨てていった方がいいですよ。この棚とか見ていきましょうか」
 てきぱきと動くタツキに、なんだか申し訳なくなってきた。
「なんか、ごめんなぁ。家の手伝いまでさせてるし……母さんに頼まれても断っていいからな?」
「そんな、大丈夫ですよ。お役に立てるなら」
「ううっ、いい子だなタツキは……!」
「おおげさですよ」
 おおげさなもんか。だいたい人んちの掃除手伝うとか普通嫌だろ。
 タツキ、本当にムリしてないかな。
 本音を知りたくて、じっとその目を見つめると、タツキが首をかしげた。
「どうしたんですか?」
「タツキ……嫌じゃないか? 掃除の手伝いとか、面倒だろ」
 思わず直球で尋ねてしまった。
 タツキは少し驚いて、でも即答してくれた。
「いえ、楽しいですよ」
 楽しいって、掃除が?
「本当か?」
「それに……いつも見られない先輩の一面が見れて、うれしいです」
「……そうかぁ?」
 それなら、いいんだけど……。って、どんな一面だ? 掃除もできないだらしない一面?
 喜んでいいのかどうか、首をひねっていると、タツキの顔が少し赤くなった気がした。
 でも、それをごまかすようにタツキはすっと目をそらしてしまった。
「さ、はやく片付けてしまいましょうか」
 ですよねー……さすが、甘やかさない教育。
 話す口調とかもなんだか先生みたいだな。
「はーい、タツキ先生」
「せ、先生?」
「ははっ、なんかノリで。でもタツキ、先生似合いそうだよな」
「そうですか?」
「うんうん」
 すごい面倒見良いし、丁寧に教えてくれるし。
 生徒にとっても、絶対良い先生になるに違いない。
 思わずそんなことを想像してしまったけど、不意にもやっとした。
「あぁでも、先生ってことは――」

「――タツキくーん、キリがついたら休憩してねー」
 階下から母さんの声が聞こえてきた。
 って、呼ぶのタツキだけかよ。オレはたいして働いてないみたいな……いや、まぁそうなんだけどさ……。
「そうだな、休憩するか」
「まだ大丈夫ですよ?」
「まぁまぁ、おやつあると思うし食べにいこうぜ」
「あ、だったら、その前に……」
「ん?」
 タツキが本棚に立ててあったアルバムを指差して、どこかそわそわとオレに尋ねてきた。
「これ、卒業アルバム、ですよね。見てもいいですか?」
「あー、中学のやつだな」
「中学生のカナデ先輩が見たいです」
「えー……」
 そんな良い笑顔で言われるようなものなんて写ってないと思うけど。
 別にいいよ、とは言ったものの、タツキのとなりに並んでアルバムを一緒にのぞき込みながら、オレはちょっと後悔していた。
「あ、学ランだったんですね。わ、可愛い……!」
「は? 別にふつーだろ」
 オレを見つけるたびにかわいいかわいい言うタツキに、だんだんいたたまれなくなってきた。
 なんか自他共に認める成長のなさもはずかしい。実際身長あんまり伸びてないし。
 それに。
「あ、これ……」
「っ! も、もういいだろっ!」
「ちょっ、待ってくださいこれ、猫耳……」
「文化祭! 文化祭で劇やった時のヤツだから!」
「猫耳としっぽついてる……可愛い……」
「あーはい終わり、もう終わり!」
「えっ、ダメです、最後まで見せてください」
「ううっ……」
 こんなはずかしいとは思わなかった……アルバム見返すことなんて普段ないからな……つーか、タツキがいちいち反応しすぎるから余計はずかしいんだよ……!
「いいな、ほしい……」
「は?」
 タツキがポツリとつぶやいた。無意識だったのか、タツキは自分で驚いている。
「写真を? 目の前に本物があるだろ!」
「あ、すみません、そうなんですけど……」
 あ、思わずはずかしいことを言ってしまった気がする。
「でも、全部俺の知らないカナデ先輩なんだなって思うと、うらやましくて」
「……」
 それ言ったらオレもタツキの過去とか知らないし。
「そんなのお互い様だろ」
「それは、そうですけど……そう、ですよね。すみません、変なこと言って」
 そう言って寂しそうに笑うタツキを見て、オレはちょっと安心しまった。
 よかった、一緒じゃん。
 アルバムをめくっていたタツキの手に、無意識に自分の手を重ねていた。
「――さっきさぁ」
 トン、と軽く肩をぶつける。
「タツキが先生だったら独り占めできねーからヤダな、なんて考えてた」
「っ、」
「つーか、勝手に想像して勝手にヤキモチやいてるんだから、オレって相当気持ち悪いよなー」
「カナデ先輩……」
 あれ、ちょっと引かれてる? うわ、言うんじゃなかったかも。
 思わず後悔してると、重ねた手がきゅっと握られた。
「そんなの、俺だって――」
「え?」
「掃除、手伝うなんて言ったのも、ただ俺が先輩と会いたかっただけで、俺のわがままみたいなものですから……さっき、逆に気を遣わせてしまって、すみませんでした」
「なっ……」
 顔を真っ赤にして一生懸命伝えてくるタツキに、オレはびっくりしてしまった。
「な、なんだよもう……!」
 そうか、そうだったんだ。うれしい――
「そんなわがまま、嫌なわけないだろっ!」
「カナデ先輩……」
 ゆっくりと距離が近づく。心臓の音がすごい、速い。
 好き、好きだ。
 声にならない気持ちを込めて見つめていると――また、1階から母さんの声が聞こえてきた。
「タツキくーんお茶入れたよー」
「……あーもう! わかったって!」
 母さん空気読めよ……! いや、読まれても困るか……。
「あはは、そろそろ行かないとですね」
「……」
 タツキが笑うから、オレもつられて笑ってしまった。
「まぁ、身内と仲良くしてもらえるのはうれしいけどな。なんか、家族公認って感じで……」
 って、何言ってんだろ……恋人だなんて紹介してるわけでもないのに。自分で言っててはずかしくなってきた……。
「あの、カナデ先輩。もし良ければなんですけど……」
「ん?」
 そっとアルバムを閉じて、タツキが言った。
「俺、毎年家族で年越しで初詣に行くんですけど、カナデ先輩も一緒にいきませんか?」
「それって、夜中に神社に出かけてカウントダウンむかえるってやつ?」
「はい。あ……でも寒いですし、先輩が良ければなんですけど……」
「年越しで初詣かぁ……」
 初詣って、毎年行ったり行かなかったりであんまりこだわってなかったんだよな。
「でもそれって、タツキに一番に年始のごあいさつができるってことだよな……」
 しかも、メールとか電話じゃなくて、直接顔を見て、言えるんだ。
 それって……すごくないか?
「……うん、行きたい!」
「ほんとですか……!」
「あ、でも、オレが一家団欒に入っちゃってもいいのか?」
「それはぜんぜん! 母もカナデ先輩のこと好きですし」
「えっ、そうなのか? 照れるな?」
 タツキの家は何回か遊びに行ってるし、おばさんとも話したことはあるけど、どう思われてるかなんてわからないからちょっと安心した。
「……俺の方が一番好きですけど」
「いや、何張り合ってんだよ。比べるところじゃないだろ」
「だって……」
 あーもう、かわいいなぁ。自分で言って自分で拗ねてんのかよ。かわいすぎだろ。
 ワシワシとタツキの髪を撫でて、オレは、その頬に軽いキスをした。
「っ!」
「初詣、楽しみだな」
 それに、今日の夜からも一緒にいられるんだ。考えただけでわくわくしてきた。
「俺も……楽しみです」
 タツキが笑った。拗ねた表情なんてどっかに飛んでいったみたいだ。よかった。

 やっぱり、ダメだな。好きな奴と一緒にいて、掃除なんてはかどるわけない。

 ――なんて思ったのはオレだけだったみたいだ。
「掃除しないと年が明けませんから」とタツキに言われて、オレは初詣のためにがんばるのだった――。

***おわり***

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