◆ お正月を君と ◆

※レンルートED、アフターストーリー後

 二礼二拍手一礼。
 教えてもらったそれを頭の中で唱えながら、両手を打つ――よし。
 頭を上げてそっと隣りを見ると、レンはまだ両手を合わせていた。
 横顔、キレイだな。毎日ってくらい顔合わせてるのに、何回でも思ってしまう。
 見惚れていると、一瞬差くらいでレンが顔を上げた。目が合う。
「行こうか」
「ん」

 元旦、オレはレンと初詣に来ていた。
 家から歩いて15分くらいのとこにある地元の神社だ。
「カナデ、おみくじ引いてく?」
「お、そうだな。久しぶりにやってみよっかな。――っと、」
「カナデ」
 人にぶつかりそうになったオレを、レンがとっさに支えてくれた。
「大丈夫?」
「ん、サンキュ」
「人多いね」
 そう言ってレンがさりげなくオレの手を繋いで、引っ張ってくれる。
 懐かしいな、と思って、思わず頬が緩んだ。

 小さい頃はレンの家族とオレの家族と、毎年一緒に初詣に行っていたけど、中学くらいからそれがなくなっていた。
 だけど今年の正月は、ただの幼なじみじゃなくなってはじめての正月。その上、レンのおばさんは仕事だと聞いて、「朝からうちに来いよ」と言っておいたのだ。
「おばさんも大変だな、正月から仕事なんて」
「うん、でも前から分かってたことだから。それに、カナデんちのおせち食べられたから、得した気分」
「そか」
 それならよかった。
 余計なお世話かなとか思ったけど、でもオレなら正月から家でひとりぼっちとかきっと耐えられないからな。

「――あ、お兄ちゃん」
 おみくじをひく列に並んでいると、途中ではぐれたと思っていた妹と出会った。父さんと母さんも一緒だ。
 そして、なぜか笑われた。
「なに手繋いでんの? 子供みたいー」
「……あっ」
 そういえば、レンに手引っ張られた時からずっと繋いでたんだった。
 あまりに自然すぎて気づいてなかった……。
 離そうとすると、レンは逆にギュッと握ってきた。
「迷子にならないようにね」
「ちょっ、」
「レンくん優しい?。お兄ちゃん、迷惑かけすぎじゃない?」
「はっ? なっ……んなことねーよ!」
 いやいや、なんでオレのせいになってんだよ。
「そんじゃ、私たち先に帰るねー」
「……おー」
 繋いだ手はお互い手袋をつけているけど、それでも体温が伝わってくるみたいに熱くなっていた。


『お母さんと初売り行ってくるから、留守番よろしくねー』
 レンと一緒に家に帰ると、誰もいなくて、妹からはそんなメールが届いていた。
「正月から元気だなー、あいつ」
 父さんもいないってことは、きっと運転係にされたんだな。可哀想に。
「――ってことだから、レン、ゆっくりしてけよ」
「うん、ありがと」
「はー、寒かったな?。ダラダラしようぜ?」
 熱いお茶とおやつとみかんを準備して、もうコタツから動く気なんかない。
「やっぱコタツにはみかんだよな?」
「あはは、カナデよく言ってるよね、それ」
「だって真理だろ」
「真理」
「なんだよ」
「どこでそんな言葉覚えてきたの」
「うるせ?。オレの事バカにしてんだろ」
「えー、まさか」
「さっきだってさぁ、神社でずっと手繋いでるし……」
 途中まで気づいてなかったオレもオレだけどな。
「でも、別に平気だったでしょ?」
「まぁ、なんか微笑ましく見守られてただけだったけど……!」
「じゃあいいじゃない」
「……」
 それって、いいのか? フクザツな気持ちだ……。
 バカにしてるっつーか、ぜったい子供扱いしてるよな……。
 にこにこ笑いながら、レンが言った。
「みかん、むいてあげよっか?」
「ほらまた!」
 子供扱いっていうか、世話焼きっていうか……あーでもそれはオレがレンに甘えてるせいか。朝も起こしてもらってるしな……。
 じゃあ、オレがもうちょっとしっかりすれば、こんな子供扱いされずにすむのか?
 ……いや、ムリだな。オレ、レンに甘えるの好きだしな……。
「……じゃあ、頼む」
 むきかけていたみかんをレンに渡すと、となりに座っていたレンがもぞもぞと近づいてきた。オレの真後ろに。
「おい、狭いだろ……」
「平気平気」
 子供を抱っこするみたいに後ろから抱え込まれている。
 あ、でもこれ、背中まであったかくなってなかなかいいかもしれない。コタツで暖まるのは前面だけだからな。
 距離が近くなって、レンのシャンプーの匂いがする。落ち着くような、そわそわするような、ヘンな感じだ。
「はい、あーん」
 レンの声とともに、目の前にみかんが差し出された。むくだけじゃなくて食べさせてくれるんだ?
「なんかこれ、コントとかで見る2人羽織みたいだな。やったことないけど」
「大丈夫だよ、変なとこには入れないから。あ、ごめんもしかしてフリだった?」
「ヤメロ」
 目とか入ったら絶対痛そうだし。
 そんなことを言ってるとレンがクスクス笑った。背中に伝わってくる振動がくすぐったい。
 オレが素直に口を開けると、みかんが一房口の中に入ってきた。あまい。
 これ、傍からみればめちゃくちゃ子供扱いだな。
 ちょっと恥ずかしいけど、でも、なかなか快適だ……何もしなくてもみかんが食べられるという幸せ……。
「カナデ、僕も」
「ん? 仕方ねぇなー」
 レンと同じようにオレもみかんを一房つまむと、レンに止められた。
「そうじゃなくて、カナデのをちょうだい?」
「んん?」
 首をひねってレンの顔を見ると、レンの人差し指がオレの唇をなぞった。
「っ……」
 意味が分かった……。
 まずい……意識しないようにしてたのに、急に顔が熱くなってきた。
 そんなオレを見て、レンが微笑んだ。
「ダメ?」
「ここ、居間なんだけど」
 そういうことするのは、自分の部屋だけって、ついこの間決めたところなのに。
「だって……カナデと恋人になれてはじめてのお正月だから、浮かれてるんだよ」
「っ、」
「お願い、カナデ」
「……」
 ずるいなぁ。
 オレはみかんを一房、つぶさないように唇で軽く咥えて、レンの方を振り返った。
 顔をゆっくりと近づけて、目測が謝っていないことを確認すると目を伏せた。
 まぁ、キスくらいだったら――
「んっ?」
 レンはみかんを食べるかと思いきや、先に唇を重ねて、舌先でみかんをオレの口の中に押し込んできた。
「んんっ?!」
 いらねーのかよ、オレが食べていいのか?
 迷ってる間にもレンはオレの口内をさぐってくるから、とうとう口の中でみかんがつぶれた。甘い果汁がはじけて口からこぼれそうになる。とっさにオレは、レンと自分の唇を隙間がないくらいにぴったりと重ね合せて、こぼさないように飲み込んだ。
「っ、ん……はぁ……」
「ふふ、きれいに飲めたね」
 何か、いろいろ言いたいことあるけど、頭がぼうっとして……。
 濡れたレンの唇がおいしそうだな、とか、そんなことしか浮かんでこない。
「今年、初めてのキス……覚えておいてね」
 レンが耳元でささやいて、後ろからオレの体を抱きしめてきた。
 心臓がうるさいくらいバクバクしてる……こんなに近かったら、絶対レンにも伝わってるだろうな。
 それがはずかしくて、思わずぶっきらぼうな声になってしまった。
「みかん味だった……」
「うん、これからみかん食べる度に思い出せるね」
「い、言うなよ、食べにくいだろ……!」
「ふふっ」
「っ……」
 去年の今頃は、レンとこんなことするなんて思ってもいなかった。
 たった数ヶ月なのに、だいぶ変わってしまったよな。
 でも、距離を置かれてた時よりぜんぜん安心する――
 ほてった顔をコタツの机に押しつけて冷ましていると、髪を撫でられた。
「――カナデ」
 静かに呼ぶ声が聞こえる。
「一緒に良い年にしていこうね」
「ん……そうだな」
 一緒に。そうやって考えられるのがうれしい。
「今年もよろしくな」
 そう言って2人で笑い合う。コタツのせいだけじゃなくて全身あったかくて、幸せだな、と思った。
 レンが許す限り、今年もめいっぱい甘やかしてもらおう。

***おわり***

お正月を君と